スタートアップやグローバルの舞台で挑戦を続ける方々のリアルなキャリアストーリーを紹介する本シリーズ。
今回は、弁護士・公認会計士として「国際×法務×税務」を強みに、スタートアップを支援する梶原康平さんのキャリアに迫ります。
大手法律事務所での勤務経験、ウィーン留学やオーストラリアへの出向を経て独立に至るまで、専門性と人生の選択を重ねてきた歩みから、挑戦し続けるキャリアのリアルを紐解きます。
プロフィール
梶原 康平(かじわら こうへい)
弁護士/公認会計士
東京大学在学中の2008年に公認会計士試験に合格。大学卒業後、同大学法科大学院に進学。司法試験合格後、司法修習を経て、2015年アンダーソン・毛利・友常法律事務所に入所。2019年にはウィーン経済大学(Vienna University of Economics and Business、WU)に留学し、国際税務について学ぶ。その後、2021年から1年半、オーストラリアの法律事務所Clayton Utzへ出向。
帰国後、2年弱の勤務を経て、2025年5月に独立し、法律事務所Y Cubeに参画。
現在は「国際×法務×税務」の専門性を生かし、スタートアップを含む国内外の企業を支援している。
理系から経済学部を経て弁護士へ。「国際×法務×税務」を武器に、スタートアップをはじめとする様々な企業を支える
――現在パートナーを務められている法律事務所Y Cubeでの役割と、ご自身の専門領域について教えてください。
Y Cubeは少数精鋭の企業法務系の法律事務所です。私を含めた2名のパートナー弁護士がフルタイムで共同運営しており、他にインハウスロイヤー(企業内弁護士)兼業の弁護士、翻訳兼秘書、パラリーガル等が所属しています。2021年に設立された比較的新しい事務所です。
私は企業法務全般を取り扱っていますが、特にスタートアップの資金調達支援やインセンティブ報酬の支援を得意としています。当事務所の最大の特徴は、小規模事務所でありながら国際案件や英語案件に対応でき、さらに法務だけでなく税務も踏まえたアドバイスが可能な点です。組織再編に関する税務も得意領域としています。
――キャリアのスタートはアンダーソン・毛利・友常法律事務所で、約10年間在籍されました。この期間は、どのような案件や実務領域を中心に携わってこられたのでしょうか?
主に手がけていたのは、租税法務やスタートアップ支援、ベンチャーキャピタル関連の案件で、今の業務内容とそれほど変わりません。他にも、10年間という期間の中では、国内外のM&Aやジョイントベンチャー、金融規制法(レギュラトリー)やキャピタル・マーケッツ、訴訟などを幅広く経験しました。
また、他の弁護士の担当する案件で税務や会計が論点になった際に相談を受けたり、会計監査に関連する案件で監査法人や日本公認会計士協会と一緒に仕事をしたりする機会もありました。大手事務所には優秀な先輩、同期、後輩が多数在籍しており、そこで働けたことは大きな財産になっています。
――東京大学在学中に公認会計士試験に合格し、その後、公認会計士として登録されています。「弁護士資格 × 会計士資格」という組み合わせは、現在のスタートアップ支援やM&A業務において、どのような強みやシナジーを生んでいますか?
大きなシナジーがあると実感しています。例えばM&Aなどの取引では、クライアントの立場では法務だけでなく税務や会計も重要な論点になります。複数のスキームを比較検討する場面では、弁護士も、法務だけでなく税務・会計上の論点や各アドバイザーの見解もある程度理解できた方が、よりクライアントに寄り添った現実的なアドバイスができると考えています。
また、クライアントの法務部の方から税務について気軽に相談いただけることも多いです。ストックオプション等の価値算定・評価や税務調査対応の際には会計士や税理士の方と連携する機会が多いのですが、会計や税務の知識があると話が通じやすいというメリットもあります。
――そもそもなぜ公認会計士の資格を取ろうと思われたのでしょうか。
大学入学時は理系でした。単純に理科が好きだったからなのですが、将来のキャリアを考える中で、エンジニアや科学者を目指すよりも、企業をアドバイザー的な立場で外部から支援する仕事がしたいと思うようになりました。
そして、企業を支援するのであれば、数字を理解してアドバイスできた方が良いと考えました。元々理系だったので数字を扱う会計士と親和性が高いのではないかと思い、経済学部に進学し、会計士の勉強をしました。
――会計士試験に合格されてから弁護士になられた経緯を教えてください。
会計士試験に合格した頃、会計不正が世間を賑わせている時期がありました。報道や書籍で、会計処理や監査の適切性、監査法人の役割等が争われている様子に触れ、「会計の問題であっても、最終的には法律や裁判で決まることもあるんだな」と思ったのがきっかけです。
企業を外部から専門家としてアドバイスしたいという思いは変わりませんでしたが、弁護士であれば、最終的に裁判になった場合の見立てを踏まえてアドバイスできるという点で、意義深い仕事ができそうだと感じました。
また、大学入学前後の時期に法科大学院制度ができ、社会人経験を経た後に法律家を目指す人も多くいたことから、もともと「いつか法律家という道もあるかもしれない」と漠然と思っていた部分もありました。学部を卒業するタイミングで、そこまで考えているならそのまま法科大学院に進んだ方がいいと思って、進路を決めました。
ウィーンで国際租税法、豪州で国際法務と人的ネットワーク構築の大切さを学ぶ。海外経験が広げた視野と価値観
――在籍中には、ウィーン経済大学へのLL.M.留学、そしてオーストラリアの大手法律事務所Clayton Utzへの出向を経験されています。まず、弁護士として働きながらウィーン留学をされた背景を教えてください。
ウィーン経済大学は国際租税法の世界で有名な大学で、私は国際租税法のLL.M.(法学修士)のコースに行きました。
ウィーン経済大学を選んだ理由の一つは、一国の税制に限らず幅広く学べることです。OECDモデル租税条約やコメンタリー(解説)について集中して勉強でき、世界各国の税制も体系的に学べる点が魅力でした。また、世界中から実務家が集まってくる環境であること、日本人が少なそうだったことも決め手になりました。
ヨーロッパは域内の多国間で国際取引や国境を越えた人の移動が頻繁に起こるため、ウィーン経済大学で租税条約をはじめとする国際租税法の理論や実務を学ぶことは、意義深いことだと感じます。
――留学されてみて、どのような学びや価値観の変化がありましたか?

ウィーン経済大学の国際租税法LL.M.の卒業式の様子
LL.M.コースには16カ国から約30名の同級生が集まっており、弁護士、会計士、税務当局の職員、学者など、様々なバックグラウンドの方がいました。日本人は私一人という環境で、同級生からグループワークや雑談を通じて各国の税制や実務について聞けたのは大きな学びでした。日本の税制を相対的に見るきっかけにもなり、非常に良かったです。同級生とは今でも連絡を取り合ったり、日本に来てくれた時に食事に行ったりと関係が続いています。
――元々海外への留学に興味はあったのでしょうか?
正直に言うと、前職の法律事務所に制度があったため留学を決断した部分が大きいです。元々それほど英語が得意というわけではありませんでした。就職先を決める際にそういった制度があるのを知り、「海外で生活して勉強できる機会があるのなら、面白いかも」と興味を持ちました。
結果的に、視野が広がって日本を相対的に見られるようになり、海外に住む外国人の友達もできて世界が広がったので、非常に良かったと思っています。
――ウィーンからの帰国後、2021年から2023年にかけてオーストラリアの法律事務所Clayton Utzへ出向された背景を教えてください。
前職の法律事務所では留学後に海外研修をするのが比較的一般的でした。私の場合は留学中にコロナ禍となり一度日本に帰国することになりましたが、ぜひとも海外研修に行きたいと希望し、2021年から行くことになりました。
海外で英語で働く経験を積みたかったことや、もともと海外の法律事務所と協業する機会も多かったため、海外の事務所の業務を中から見て経験したかったことが、大きな理由です。
Clayton Utzでは、主に日系クライアントを対象に、日豪をまたぐ大型案件の法務支援や、豪州企業を対象とするM&A、豪州子会社の法務支援などを担当しました。
――出向先にオーストラリアを選んだ理由はどのようなものだったのでしょうか。
海外研修は事務所として付き合いがあるところの中から選ぶことが多いのですが、私の場合、派遣先がM&A部門の中のジャパン・プラクティス・グループで、日本からの出向者の立場でも活躍できると思ったこと、またM&A部門は税務部門と距離が近く、一緒に働く機会もあると前任の先輩から聞いていたことが、良いと思った点です。また子連れで行ったので、安全で自然豊かなところがいいという理由もあり、オーストラリアに決めました。
――オーストラリアでの経験がその後のキャリアに与えた影響を教えてください。

オーストラリアでの勤務風景
オーストラリアでは、働きながらもプライベートを大事にしている様子が印象的でした。例えば金曜の夕方に上司がワインを振る舞い、その後みんなそれぞれプライベートの用事へ出かける光景を見て、「いい生き方をしているな」と感じ、新鮮でした。
また、大規模な事務所の中で他のチームと連携しつつも、常に同じチームで密に連携して仕事に取り組んでいた点も魅力的でした。セミナーやネットワーキングといった営業活動をサポートし、間近で見られた経験も、その後のキャリアに影響したと思います。特に独立後は、自分の小規模な事務所内で密にコミュニケーションを取りながら進めることや、自分で考えて案件を獲得していくことが必要ですが、オーストラリアでの経験が今に活きていると感じています。
「人生は4000週間しかない」。仕事も家族も大切にするため、新たな一歩を踏み出す決断
――2025年にY Cubeへ参画し、パートナーとして独立されました。この大きなキャリア選択に至るには、どのような考えや背景があったのでしょうか。
理由は大きく二つあります。一つは仕事面、もう一つはプライベート面です。
仕事面では、大手には案件は非常に多くあり、専門領域に特化してスキルを磨いていける環境がありますが、他方で「この道でずっと進んでいくので良いのか」という思いが芽生えていました。自分で事務所を運営している弁護士の先輩や同期の話を聞くうちに、もっと自由に、自分の人生を自分でちゃんとグリップしてやっていきたいと思うようになりました。
プライベート面では、留学や海外研修を経て、幼い息子がいる状態で再び日本で働くことになりました。プロフェッショナルファームはどこも似たような状況だと思うのですが、私の場合、仕事とプライベートの両立が難しく、家族との時間を犠牲にしていた部分がありました。仕事も大事ですが、「今は頑張りどきだ」と言っているうちにも子どもはどんどん成長していくため、このプライベートの悩みも自分の中では大きかった部分です。

現在パートナーとして所属する法律事務所Y Cubeでの一枚
――独立を考え始めてから実行までの期間はどれくらいでしたか?
独立やその他の選択肢を意識するようになったのは2024年の夏頃からです。そこから半年から1年弱ぐらいで、決心し、実際に独立しました。
――実際に独立されてみていかがでしたか?
大きな自由度が生まれました。事務所の仕組みを全て自分たちで決めて運営していかなければならないので大変な面もありますが、全て自分たちで決断し、それが全て自分たちに跳ね返ってくるので、大きなやりがいがあります。
プライベートの点でも、時間を確保しやすくなり、子どもや家族との時間を柔軟に確保できるようになったのが良かったです。
――大手事務所と小規模事務所では、日々の業務の進め方や担う役割に、どのような違いを感じますか?
案件自体は、意外と大手時代と同じような企業法務の仕事ができています。大きく変わったのは営業活動です。大手時代はあまり自分で仕事を取るということをしていませんでしたが、今はそれをやるようになっています。そこは楽しい面もあれば難しい面もあり、社内の決裁プロセス等の関係で新規の法律事務所に依頼する際に一定のハードルがある企業もあるため、地道に頑張っていこうと思っているところです。
――大手と小規模事務所の強みや違いについて、改めて教えてください。
大手の良さは、フルサービスでほぼ全ての領域に第一線で活躍する弁護士がおり、事務所全体として見た時の経験値も豊富で、海外の法律事務所とのネットワークも充実しているため、クロスボーダーの取引もやりやすいことです。
他方、小規模事務所の強みは、弁護士の分業が少ない分、一件一件の依頼者や案件へのコミットが強く、丁寧かつ迅速な対応を心掛けやすい点だと感じています。また、特定の領域については大手に劣らないクオリティが出せますし、案件を担当するチームが小ぶりなので、タイムチャージで考えた時の総額報酬を抑えられる可能性もあります。
――留学、独立と、常に挑戦を続けてこられた梶原さんですが、キャリアを選択する上で大切にしている「軸」はどのようなものでしょうか?
広い意味で、「自分の成長につながり、人生を豊かにしていけるか」という点を大切にしています。独立は、自分の力で仕事を取ってくることが必要とされ、これまで十分にやっていなかった点を鍛えることになるので、弁護士としての成長につながると考えています。
――今後さらに挑戦してみたい領域や構想があれば教えてください。
現在、早稲田大学法務教育研究センターで、税理士特設講座の租税判例研究という科目の講師を務めています。受講生は税務のプロである税理士の方々で、受講生の皆さんから私も学びや刺激を受けながら、法律家の立場から学びを提供できるよう努めています。
独立すると、自分が何者で何ができるのかを言語化しアピールしないと、理解してもらえないし、仕事も降ってはきません。そのため、案件処理やスキルの向上だけでなく、講座やセミナーの講師をしたり、新しい人との出会いの場に参加したりして、積極的に挑戦していきたいと思っています。また、法律事務所を成長させ、志を同じくする仲間を増やしていきたいとも考えています。
――キャリアを重ねる中で、スキルや経験はあるものの、独立や海外挑戦などの次の一歩を踏み出すことにためらいを感じている方も多いです。そうした方々に向けたアドバイスやメッセージをお願いいたします。
私が独立を考えるきっかけになった本に、オリバー・バークマンの『限りある時間の使い方』があります。そのイントロに「80歳まで生きるとしたら人生はたった4000週間しかない」という旨の一節があり、計算したら当たり前なのですが衝撃を受けました。
ためらっているうちにもその4000週間のうちの1週間が過ぎていくので、頭の中で次の目標があるけれど悩んでいるのであれば、挑戦してみた方がいいと思います。
――先日はLinkard Careerの交流会にご参加いただきありがとうございました。実際に参加されてみての感想や、おすすめのポイントがあれば、ぜひ教えてください。
よくある異業種交流会のような場だと、共通点がないと深い関係になることが難しいため、不完全燃焼で終わることが多いと思っています。

交流会の様子 ― 多様なフィールドで活躍する方々とリラックスした雰囲気の中でつながれる場
その点、Linkard Careerの交流会は、公認会計士の会や海外MBA交流会のように、共通項がありつつも多様なフィールドで活躍している仲間が集まる場になっています。その場で話が盛り上がるだけでなく、その後につながる出会いが多いので、非常に価値のある良いイベントだと感じています。

